日本初の不用品回収
山東省は現在の社会主義市場経済体制の下で、対外開放に伴う外資の導入と産物の海外輸出に熱心であるが、環境保護政策も積極的に行われている。
私が表敬訪問した、山東省環境保護局の張暁東・副局長によれば、省内のゴミの埋立処理は環境行政上の大きな課題であるが、現在は郊外に確保している埋立処分場で衛生的に安全な方法で処理しており、段ボール紙等の資源ゴミのリサイクルも、民間レベルで積極的に進めているとのことであった。
済南市は山東省のほぽ中央にある人口五三四万人の都市であるが、そのなかの二四O万人が市街地に住んでいるという人口過密都市である。
市街地の近代化と道路、空港や鉄道の整備が着々と進められており、大気汚染、水質汚濁等の公害対策とともに、ゴミの収集と処分および市街の清掃にも力を入れている。
ゴミと環境美化・海外の取組み済南市の郊外は野菜や果物の産地であるため、市内の道路端でリヤカーに積んだ野菜や果物を売っている人たちが多く見かけられた。
道路には随所にゴミ箱が置かれており、ゴミのポイ捨ては少なかった。
西安市、成陽市私が、一九九七年五月に訪れた陳西省の西安市は、紀元前一一世紀ごろから栄えたという中国の古都である。
この町が長安と呼ばれていた唐の時代には、中央アジア経由で中国とシリア、ローマなどの西方の国々との交易が行われていたシルクロードの起点として栄えたといわれているが、現在は快西省の省都であり、人酉安市の道路の清掃口約六三O万人の西北地方一番の都市でもある。
面積約一三凶の旧市街は、明代の初期に造られた高さが一一一m、上部の幅が一二i一四mの城壁に固まれており、四方の角の鐘楼と東西南北にある城門が完全な形で保存されている。
最近、西安市内およびその周辺では機械工業や電子工業、紡績工業が発展して近代的な工場が建てられているが、この地方は古くから小麦、トウモロコシ、野菜、果物の産地であった。
済南市と同じように道端にリヤカーに野菜や果物を積んだ人たちが並んでいた。
市内の道路には随所にゴミ箱が置かれており、歩道も車道も赤いチョッキを着た清掃員が頻繁に帯で掃いているので、投げ捨て西安市興慶宮公園で投げ捨てられたゴミられたゴミは見当たらなかった。
城壁の東側にある興慶宮公園は、唐の時代に玄宗皇帝が楊貴妃とともに住んだ興慶宮があった場所で、皇帝はこの宮殿で日本からやって来た遣唐使などの外国使節を謁見したと伝えられている。
宮殿は唐代末期に戦火で消失し、現在は広大な池を配した美しい公園になっている。
圏内には、遣唐使としあベ申なか去ろて渡った後に唐の朝廷に仕えた日本人である阿部仲麻呂の記念碑もある。
この公園内の通路や芝生には、どうした訳か投げ捨てられたゴミが多かった。
中国で初めて見たゴミのある公園風景であった。
これらのゴミは、コ−ラやジュースなどの飲料を入れる紙コップ、お菓子の袋、弁当殻と思われる発泡スチロールの容器などであった。
なお、この公園にはゴミ箱の置かれている数が極めて少なかった。
西安市の市街から東へ約三OM離れた臨温県に、紀元前二二一年に初めて中国を統一した秦の始皇帝の陵墓がある。
高さが四Om、東西三四五m、南北三五Omの円墳で、三六年の年月をかげて造営したと伝えられている。
秦の始皇帝の陵墓から東へ約一・五回の地点に、兵馬伺坑がある。
一九七四年に井戸掘りをしていた農民が発見したといわれており、その後二つの坑が見つかっている。
一番大きい一号坑は東西二三Om、南北六二mの地中に六000体以上の陶製の兵士と馬、戦車などの備が納められている。
備は古代中国で土葬の際に死者と一緒に埋めた副葬品のことである。
これらの備坑は匡根と外壁を付砂て保存、展示されている。
秦始皇帝陵と始皇帝兵馬備坑は中国の人たちや海外からの見学者でにぎわっているが、道路や駐車場にはゴミ箱が置かれ、管理が行き届いているのでポイ捨てのゴミはあまり見当たらなかった。
西安市から北西へ約三OM、西安市の水源になっている滑河の橋を渡ると威陽市に入る。
威陽市の人口は約一OO万人、紀元前二二一年から二O六年の問、秦の都があった古都である。
郊外には漢代、唐代の王侯の陵墓が多く残っており、楊貴妃の墓もある。
威陽市内にある滑浜公園に「優良な環境の文明都市を創ろう」 という立札が掲げであったが、公園内にはゴミ箱が置かれているにもかかわらず、いたる所に投げ捨てられた食物の容器などのゴミが山積していた。
広州市国土の広い中国で、南国情緒があふれでいるのが華南地方である。
広東省にある広州市は広東省の州都であって、人口約六三O万人の華南最大の国際都市である。
香港にも近いこの町は、古くから中国貿易の拠点として栄えてきたが、一九五0年代の終わりごろから、毎年春と秋の二回に、市内で広州交易会が開催されるようになってから、海外でもこの町の名前が知られるようになった。
当時、中国の経済はまだ全面的に開放されていなかったが、この交易会には世界各国から三万人を超えるバイヤー(貿易に携わる買手の人たち)が集まってきたと伝えられている。
以来、広州市は中国の貿易都市として、今日の繁栄につながってきたのである。
一九九五年一O月に私が、この都市を訪れたときに見た感じでは、広州市当局は外国人訪問客が多いこの町の清掃と美化には特に力を入れているようだった。
市街の歩道には市が設置した可愛い陶製のゴミ箱が数多く見られ、ゴミ箱のゴミの回収と街路の清掃は、赤と黄色の帽子を被ってチョッキを着た、市の清掃員によって丁寧に行われていた。
桂林市ゴミと環境美化・海外の取組み中国の華南地方にある広西チワン自治区の桂林市は、広州市から飛行機で北西方向に約一時間飛ぶ距離にある人口約一二O万人の大都市である。
市の名前のとおりに、市内には桂樹(キンモクセイ)の木が多く、郊外には山水画の世界そのままの丸く尖った山々の風景が見られる美しい都市である。
控林市の中央を流れる満江を、市内の竹江から下流の陽朔までの八三回を半日かけて遊覧船で下る満江下りでは、両岸に連なる山の美しさと川辺で水浴している水牛の姿が山水画そのものである隣国ベトナムに接している気候温暖なこの地方は、漢民族が南下する以前からこの地方に住んでいたチワン族、プイ族、ミャオ族、ヤオ族などの少数民族が多い地方であるが、チワン族は人口が約一五OO万人の中国最大の少数民族であって、この地方の農広州市の街路の清掃桂林市内の七星公園にあった制札桂林市内の伏波山下の広場で果物を売っている底桂林市内にあるゴミ箱耕文化を築いた人たちであり、現在も中国の食糧生産に大きく貢献している。
桂林市内の七星公園に「果物の皮などを投げ捨てないように」と注意した立札があった。
国土の広い中国ではリンゴ、ミカン、ナシ、ブドウ、バナナのほかに熱帯、温帯、寒帯のさまざまな果物が生産されるから、中国の人たちは昔から果物をたくさん食べる習慣がある。
桂林の町でも路傍で果物を売っている人たちを多く見かげた。
したがって、これらの果物の皮が桂林市内の道路のポイ捨ての原因になるらしい。
ゴミ箱に「果皮箱」と書かれている所以であろう。
家電リサイクルを笑って続けよう!あなたに合った条件で家電リサイクルをサポートします。
家電リサイクルをお探しの方へ。一流の家電リサイクル技術のご紹介です。
お客様に相応しい家電リサイクルがマーケティングのお手伝いを致します。プロユーザー御用達の家電リサイクルです。
不用品回収の完全限定グッズとなります。本当に使えるのは不用品回収です。
不用品回収をご存知ですか?優秀な不用品回収だけを求める人に最適です。
人気上昇中の不用品回収の売れ筋情報を載せています。不用品回収は無限の可能性に満ちあふれています。